課題を予めやっておいて、忙しい年末に備えようと考えていたのだが、教授より「保健政策やったほうが良いよ」とのお言葉…まあ確かにそうだよね。私の興味はそこにあるんだし。Capter1をすでに終えているなんて言えなかったので、気持ちを改め、Capter10の準備をする。
*このブログにおける抄読では、木原雅子・木原正博 監修の「第2版 WHOの標準疫学」の第1章を使用しております。このような出版をされ、疫学の勉強ができますことを両氏に深く感謝申し上げます。
さあ頑張ってみよう。
学習ポイント(Key messages)
- 疫学は、保健政策や保健計画の開発、実施、評価に役立つ情報を提供することができます。
- 疫学者は、保健政策に重要な役割を果たすことができます。
- 保健対策の評価手法にはまだ改善の余地があります。
- 理想な保健計画では、継続的な効果評価が行われます。
[内容]
定義(Definitions)
保健政策(Health policy)
保健政策health policyとは、保健医療に関連する施策の方針を示すものであり、保健医療分野における行政目標を示し、これを実現するための手段。政策は、人々の健康に影響する規範、事業、規制、法律など様々な形で表現され、それらが総合して、政策が実現されていく。
- 追加で調べたこと
これらの政策や施策について、日本の総務省では以下のように整理1されている。
「政策(狭義)」:特定の行政課題に対応するための基本的な方針の実現を目的とする行政活動の大きなまとまり。
「施策」:上記の「基本的な方針」に基づく具体的な方針の実現を目的とする行政活動のまとまりであり、「政策(狭義)」を実現するための具体的な方策や対策ととらえられるもの。
「事務事業」:上記の「具体的な方策や対策」を具現化するための個々の行政手段としての事務及び事業であり、行政活動の基礎的な単位となるもの。
総務省: 政策評価の実施に関するガイドライン
「ただし、上記のような「政策(狭義)」、「施策」及び「事務事業」の区分は、相対的なものであり、一つの「理念型」ということができる。現実の政策の態様は多様であることから、施策が複数の階層から成る場合や事務事業に相当するものが存在しない場合、一つの施策や事務事業が複数の政策体系に属する場合など、三つの区分に明確に分けることが困難なこともあり得る。」との事や、実際私が勤務している行政においてもこれらの使い方は曖昧な部分も見受けられる。
保健計画(Health planning)
保健計画とは、その地域の主要な健康問題の把握や、その解決に最も適切なプロセスを選択していくプロセスのこと。
- 原文
Health service planning is a process of identifying key objectives and choosing among alternative means of achieving them.
評価(Evaluation)
評価とは、活動の適切性、効果、効率を本来の目的や目標に照らして判断するプロセスのことをいう。
個別の介入を評価する方法はよく発達しているが、保健システム全体の効果評価や比較ははるかに難しく、考え方も様々である。
- 原文
Evaluation is the process of determining – as systematically and objectively as
possible – the relevance, effectiveness, efficiency and impact of activities with
respect to the agreed goals. The evaluation of specific interventions is well advanced; it is much more difficult, and controversial, to determine and compare the overall performance of health systems.
これらの定義を踏まえて、実際の例としては以下のことが考えられた。
定義された用語 | 具体例 |
保健政策 | 医療法(昭和二十三年法律第二百五号)2 医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的としている。 |
保健計画 | 沖縄県医療計画(根拠: 医療法第三十条の四) 病床数の必要量や医師の確保に関すること |
評価 | 第7次沖縄県医療計画分野別進捗評価3 など |
ただし、必ずしも国が定める法律などが政策とも限らず、県や市が制定する条例が政策になることもあり得ると考える。
政策形成を成功に導く要件
優れた政策形成を行うために必要な要件としては以下のものが上げられる。
- 国家的政策形成に対する高い政治レベルでの意思の存在
- 保健ニーズの推定、行動へのアドボカシー、国家政策・計画の開発を担う中心的研究グループの存在と活用
- 政策面や技術面での支援に関する国際協力の活用
- 政策が最終的に確定するまでの、草案作成、見直し、修正案作成といったプロセスにおける広汎な意見聴取
- 政策への支援や社会の関心を高める上で、広汎な意見聴取が重要であることの認識
- 政策形成のあらゆるプロセスで、一貫したコミュニケーション戦略を開発しかつ実施すること
- 少数のアウトカム目標を設定し、ビジョンを明確にする
オタワ憲章(Ottawa Charter for Health Promotion, 1985)
健康が様々な政治的要因によって影響されることが明確に述べられている。つまり、保健政策に責任を負うのは、単に保健担当部局だけではないとされており、グルーバル化した世界におけるヘルスプロモーションのためのバンコク憲章(The Bangkok Charter for Health Promotion in a Globalized World, 2005)でも、世界規模での健康増進を図るためには、あらゆる関係分野のコミットメントが鍵を握ると述べられている。
健康増進を目指す公共政策の目標の1つは、ヘルスプロモーションの推進を図ること、つまり、人々が自分の健康をコントロールする能力を高め、自らの健康を増進できるようにすること。
- 追加で調べたこと
Social determinants of health(WHO)4
健康の社会的決定要因は、健康結果に影響を与える非医学的要因(収入と社会保障, 教育, 失業と雇用不安 etc)であり、これらの要因は健康結果の 30 ~ 55% を占めることが多くの研究で示唆している。
第三次健康日本21 5
「自然に健康になれる環境づくり」の方向性が示された。
これまでは、個人の努力を主眼とした健康づくり政策を進めてきたが、今度の第三次健康日本21においては、健康に影響を及ぼす環境の整備についてもその方向性が示されるなど、従来の健康づくり施策以外の分野(都市計画などのハード整備)分野との協働についても注目されており、いくつかの自治体で先行事例6がある。
自治体における健康づくりについても、環境要因からのアプローチなど少しずつ変わりつつあるように感じる。
保健計画
保健計画のプロセス
- その疾病の社会的負荷の大きさを見積もる
死亡と罹患、集団レベルの測定指標、迅速評価
※国の統計は全国での数値を求めることを主眼としているので、患者調査や国民生活基礎調査などの一部例外を除いて、都道府県や保健所管内、市区町村ごとに再集計できるデザインになっていない。したがって、地方公共団体が同様のことを自分の地域だけで知りたくても、同じような調査を再度行わなければならないのが現状である。(引用: 基礎から学ぶ楽しい疫学第4版, p221)
- 疾病の原因を明らかにする
- 現行のプログラムの効果 effectiveness を評価する
- 現行のプログラムの効率 efficiency を評価する
効率とは、得られた結果と、それに投入された資源との関係を示す概念。効率を評価するには主に2つの方法がある。
費用対効果分析 cost-effectiveness analysi: あるプログラムもしくは比較するプログラムのどちらがどの程度、目標とする健康改善効果をもたらしたかを評価するために、それに要したコストや効果を測定します。(e.g. ORT(oral rehydration therapy)のコスト2〜4米ドルによって、1QALY(質調整生命年)を救うことができる。)
費用対便益分析 cost-benefit analysis: ある疾病にかかる経済コストと予防に要するコストが考慮される。医療費やリハビリに要する費用、収入の喪失、死亡に伴う社会的推定コストなどが分子や分母に入る。
慢性非感染性疾患の予防と治療: 百万米ドルで購入できる健康の量
事業/介入 | 1DALY当たりの費用 | 百万米ドルで予防されたDALYs |
タバコへの課税 | 3〜50 | 20,000~330,000 |
安価な薬による心筋梗塞の治療 | 10〜25 | 40,000~100,000 |
安価な薬とステレプキナーゼによる心筋梗塞の治療 | 600〜750 | 1,300~1,600 |
合剤polypillによる新血管疾患の生涯治療 | 700〜1,000 | 1,000~1,400 |
極めて重篤な冠血管疾患症例に対する手術 | 2,500+ | 40未満 |
比較的重篤な冠血管疾患症例に対する手術 | 非常に高い | 非常にわずか |
DALY(障害調整生命年数)・・・傷病、機能障害、リスク要因、社会事象毎に健康に影響する大きさを定量的に取り入れた指標であり、Marryにより提案された指標(出典:厚生労働省HP, 健康日本21. 総論参考資料, https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/s1.html )
費用対効果研究は、WHO-CHOICEやDisease Control Priorities Project(疾病管理重点プロジェクト)から提供されるツールやデータベースが利用できるようになったため、以前よりも実施が容易になっている。
- プログラムの実行
- プログラムの実施状況のモニタリングと状況が改善されたかどうかの評価
e.g. 保健計画:高血圧対策の場合のモニタリング
疾病負荷の見積もり | 集団に対する血圧の調査と高血圧対策 |
病因に関するエビデンス | 生態学的研究(食塩と高血圧) 観察的研究(体重と血圧) 実験的研究(体重減少) |
効果に関するエビデンス | ランダム化比較試験 スクリーニングプログラムに関する評価 アドヒアランスに関する研究 |
効率に関するエビデンス | 費用対効果に関する研究 |
実施 | 高血圧に対する国家的対策(絶対リスクに基づくのが理想) |
進捗状況のモニタリングと測定 | 人員や機器の整備状況の評価 生活の質に対する効果 血圧の集団調査の定期的実施 |
疫学研究の真の価値は、その結果が政策やプログラムに生かされて初めて理解されるものであり、エビデンスをいかに政策に反映させるかは疫学者にとって重要な課題です。疫学が保健計画や評価に果たす役割は非常に大きなものがあります。
考察・結論
私が所属する自治体において、本章に記載されている通り、保健政策について評価を行いながら、PDCAサイクルをまわしているとは言えない。これは、知識や技術的な要素、予算上の問題、必要性を認識していないなどが原因となっていると考えられ、また評価のための情報収集を行うシステムの問題もある。
今年度私が担当している保健計画の策定では、本市で初めてロジックモデルを取り入れることを明言し、策定を進めている所である。
自治体においてこれだけ高度な政策の実施については、まだまだ時間がかかると思われるが、実施のためには自治体職員の知識やスキルのアップが必要だし、専門職の知識やスキルアップは必須であると考えることや、大学などの研究機関との連携もますます必要だと感じた。
学習課題
10.1 子どもの喫煙防止を例にとって、バンコク憲章のヘルスプロモーションの原則を適用したヘルスプロモーション型公共政策の開発を試みてください。
バンコク憲章に基づき下記の通り考えた。
バンコク憲章 | 公共政策の開発 |
Advocate for health based on human rights and solidarity. (人権擁護と連帯の精神に基づいた健康へのアドボカシー) | 子どもの喫煙による成長発達の阻害や、呼吸器疾患リスク増大に関することをホームページやSNS、マスコミなどを用いて住民に訴える。 |
invest in sustainable policies, actions and infrastructure to address the determinants of health. (健康の決定要因の改善に資する継続性のある政策、活動、インフラへの投資) | 学校や保育園、妊婦教室などで子どもたちへのタバコの害について周知を行えるための予算獲得及び調整を行う。 タバコの販売について年齢確認を行うとともに、販売場所についても配慮する。 |
build capacity for policy development, leadership, health promotion practice, knowledge transfer and research, and health literacy. (政策開発、リーダーシップ、ヘルスプロモーション活動、知識移転と研究、ヘルスリテラシーに関するキャパシティビルディング) | 小中学校でのタバコに関する事業の実施 |
regulate and legislate to ensure a high level of protection from harm and enable equal opportunity for health and well-being for all people. (災厄から確実に人々を守り、かつ人々に等しく健康で安らかな生活を保障するための規制や法制の整備) | 子どもの喫煙を防ぐため、法または条例を制定する。 |
partner and build alliances with public, private, nongovernmental and international organizations and civil society to create sustainable actions. (活動の持続性を高めるために、公的組織、私的団体、非政府組織、国際機関的、そして市民社会 civil society との連携の構築) | 母子保健推進委員など地域の健康づくりに関するボランティアを活用し、子どもたちへのタバコの害に関するキャンペーンを行う。 |
10.2 高齢者の転倒を例にとって、その保健計画策定の計画サイクルの概要を説明してください。
下記の通りの計画サイクルを実施する。
疾病負荷の評価
大腿骨頸部骨折は、脳卒中に次いで歩けなくなったり寝たきりになったりしやすい疾患である。
原因の解明
高齢者の転倒は、大腿骨頸部骨折を引き起こしやすい。
現行施策の効果評価
公民館で高齢者地域交流支援事業で筋力トレーニングを実施している。定期的に参加している参加者20人の筋力測定を行った所、半年前と同じ状態が維持されていた。
効率の評価
人件費や備品等の費用が年間30万円発生している。
介入施策の実施
参加者の半年後における歩行機能が20%向上することを目標とし、室内のみならず、楽しんで散策を行えるよう、屋外でノルディックウォーキングのプログラムを実施する。
活動のモニタリングと進捗状況の測定
半年後の歩行機能の評価
10.3 表10.2に示した指標は、あなたの国の保健政策や計画にどれほど利用できると思いますか?
疾病負荷の見積もり | 集団に対する血圧の調査と高血圧対策 |
病因に関するエビデンス | 生態学的研究(食塩と高血圧) 観察的研究(体重と血圧) 実験的研究(体重減少) |
効果に関するエビデンス | ランダム化比較試験 スクリーニングプログラムに関する評価 アドヒアランスに関する研究 |
効率に関するエビデンス | 費用対効果に関する研究 |
実施 | 高血圧に対する国家的対策(絶対リスクに基づくのが理想) |
進捗状況のモニタリングと測定 | 人員や機器の整備状況の評価 生活の質に対する効果 血圧の集団調査の定期的実施 |
これらの研究が沖縄県でも実施されるのであれば、政策立案の大きなエビデンスとなると考える。特に費用対効果に関する研究については、保健分野のみならず他分野も巻き込むことができるエビデンスになり得ると考える。
総務省. 政策評価の実施に関するガイドライン, 平成17年12月16日
政策評価各府省連絡会議了承. 平成24年3月27日一部改正, https://www.soumu.go.jp/main_content/000152600.pdf , accessed 11 Nov 2023. ↩︎
e-Gov法令検索, 医療法(昭和二十三年法律第二百五号), https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000205 , accessed 11 Nov 2023. ↩︎
沖縄県保健医療部医療政策課. 第7次沖縄県医療計画分野別進捗評価, https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/iryoseisaku/kikaku/documents/02_bunyabetsu.pdf , accessed 11 Nov 2023. ↩︎
World Health Organization. Social determinants of health, https://www.who.int/health-topics/social-determinants-of-health#tab=tab_1 , accessed 11 Nov 2023. ↩︎
厚生労働省告示第二百七号. 国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針の全部を改正する件, https://www.mhlw.go.jp/content/001102474.pdf , accessed 11 Nov 2023. ↩︎
国土交通省. 健康まちづくり事例集, https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001616190.pdf , accessed 11 Nov 2023. ↩︎