はじめに
*このブログにおける抄読では、木原雅子・木原正博 監修の「第2版 WHOの標準疫学」の第1章を使用しております。このような出版をされ、疫学の勉強ができますことを両氏に深く感謝申し上げます。
履修している科目で抄読を輪番で行うこととなったので、それに向けて準備する。とりあえず気力が続く限り、一旦は自分で全ての章を抄読することを目的とする。
というか、抄読って何?って感じだったので、適当にググると、以下のサイトを発見。
千葉大学大学院 医学研究院 整形外科学 抄読会のスライド作成: 若手医師向けガイド
うちの親戚が行く大学院のサイトを偶然にも発見。ま、所属は違うと思うけど。さてさて、抄読会についてはなんて書いてあるのかな?
抄読会は、新しいエビデンスを共有し、その臨床応用を考察する重要な場
千葉大学大学院 医学研究院 整形外科学 抄読会のスライド作成: 若手医師向けガイド
大体イメージついた。多分あれでしょ?書いてあることを要約して伝えて、みんなで考察する会なんでしょ?…やばいじゃん(汗)要約だけならまだしも、答えきれるようにしないといけないじゃん!さて、ちゃんとやろう。
3つの原則
とりあえず、この3つの原則で作成することにする。千葉大に記載されていることを下記の通りアレンジした。
- 時間管理: 15分以内での完了を目指す。
- 簡潔性: 1つのSectionあたりのテキストは6行以内。
- 主張の明確化: 特に重要な情報だけを強調、それ以外は省略。
抄読構成:章の構成を参考につくる
学習のポイント
- 学習のポイントを記載する
内容
- 主要な知見
- 学習課題
考察・結論
本章から得られた最も重要な知見とその意義について簡潔に述べる。
こんな感じでよいかな?さっそく始めてみよう。
学習ポイント
- 疫学とは公衆衛生の基礎となる科学です。
- 疫学は、人々の健康向上に重要な役割を果たしてきました。
- 疫学は、疾患の動向と集団内での分布を明らかにする上で不可欠な学問です。
- 疫学的エビデンスが得られた後、それが実際に保健医療政策に応用されるまでには、通常かなりのずれがあります。
内容
John Snow(1813-1858)の業績
LondonでのCholera1の流行の際に、コレラ死亡者が発生した家を地図上にプロットし、その結果、水道水の水源と死亡との間に明らかな関係があることを見出した(1854)。コレラの流行が飲料水の汚染によるものであることを示唆し、コレラ予防のためには飲料水供給の改善が必要であることを示し、公衆衛生政策に強い影響を与えた。ちなみに、これから28年後(1882)に、Heinrich Hermann Robert Koch(1843-1910)によりコレラ菌(Vibrio cholera)が発見されている。
水道会社 | 1851年の人口 | コレラによる死亡数 | コレラ死亡率 (人口1000人対) |
---|---|---|---|
サウスワーク社 | 167,654 | 844 | 5.0 |
ランベス社 | 19,133 | 18 | 0.9 |
定義
疫学の定義
健康に関連する状態や事象の集団中の分布や決定要因を研究し、かつその研究成果を健康問題の予防やコントロールのために適用する学問3
つまり疫学者は、単に死亡や疾患や障害など望ましくない健康問題について研究するだけでなく、健康増進の手段についても研究しなければならない。
* 「疾病 disease」とは、病気だけではなく、障害や精神保健を含むすべての望ましくない健康状態を意味する言葉としてここでは用いられている。
公衆衛生学の定義
広義には、集団の健康を向上させるための活動全体を意味する4。
疫学の最近の進歩
DollとHillは、1950年代初頭に、英国人医師の長期コホート研究を行い、喫煙と肺がんの関連を疫学的に初めて確立した。また、1900年から1930年の間に生まれた喫煙者の男性医師では、喫煙経験のない医師よりも、約10年も寿命が短いことが明らかにされた(図 1.2)。
ほとんどの疾患では要因が複雑に関係しており、今後はさらに健康や疾病に重要な影響を及ぼしている社会的要因の解明とそれらにどう対応するかが疫学に問われる課題となっている。
疾病の原因
疾病は、遺伝要因のみによって発症するものもあるが、一般には遺伝要因と環境要因の相互作用によって生じる。「環境 environment」という言葉は、健康に影響を与える可能性のあらゆる生物的、化学的、物理的、心理的、経済的及び文化的要因を含む広い意味で用いられている。
保健医療行政
疾病が集団に与える影響の大きさを把握することは、保健医療行政にとっては不可欠。保健医療行政では、常に、どの健康問題を優先し、どうすれば限られた資源を最も効率よく使うことができるかを判断する必要に迫られている。
(私の見解)
疾病の予防については、中村6は、「疾病の予防の目的は医療費削減にはつながらず、公衆衛生学的には疾病の先送りとなる。お金がかかっても、健康のほうが良いと考えるべき」と提言しており、保健医療サービスの効果や効率を評価する上で留意する必要がある。
疫学の功績
天然痘 small pox
天然痘は1980年に撲滅が宣言されている。撲滅に向けて疫学が果たした役割としては以下がある。
- 患者の分布、感染モデル、感染のメカニズム、感染性などに関する情報の収集
- 流行の地理的分布の調査
- 対策の効果評価(下表参照)
6. 天然痘の疫学的特徴7 |
---|
天然痘には以下のような疫学的特徴のあることが明らかにされている。 ・人間以外の宿主はいない ・無症状のキャリアはいない ・回復した患者には終生免疫が生じ、他に感染させることはない ・自然発生した天然痘流行の拡大速度は、麻疹や百日咳などの他の感染症ほど速くない ・感染は人間同士の比較的長い接触を介して生じる ・感染性のある時期は、患者は病臥していることが多く、そのため伝播が制限される |
有機水銀中毒 Minamata disease
疫学は、人類史上最初に記録された公害病の1つであるこの疾患の原因の究明や対策の解明に大きな役割を果たした。
健常者と患者の調査から、患者のほとんどの家庭が漁業を主な職業とし、毎日魚を食べていたが、これらの家庭を訪問した人や同じ家族でも小魚しか食べなかった人は病気が発症していなかったことから、①遺伝性のものではない ②魚の何かが原因 ③感染性のものではない ことが判明した。
リウマチ熱とリウマチ性心疾患
疫学は、リウマチ熱とリウマチ性心疾患の原因の解明や、その予防方法の開発に重要な役割を果たした。疫学研究によって明らかになったことは、リウマチ熱の流行、つまり連鎖球菌の上気道感染の拡大には、社会経済的要因が重要な役割を果たしているということだった。
喫煙とアスベストと肺がん
現在の日本においても肺がんはがんによる死亡順位の上位に位置しており、喫煙との関連性については周知の通りである。1950年代に行われた5つのケースコントロール研究において、喫煙と肺がんの間に関連があることが初めて示され、その後コホート研究においても疫学的に関連性が確認されたが、なんらかのバイアスによるものとの批判もあり、ただちに強力な対策は取られなかった。
アスベストへの暴露 | 喫煙歴 | 肺がん死亡率 (10万人対) |
---|---|---|
無し | 無し | 11 |
有り | 無し | 58 |
無し | 有り | 123 |
有り | 有り | 602 |
大腿骨頸部骨折
大腿骨頸部骨折は、加齢による大腿骨近位部の骨量減少や転倒機会の増加に伴って、指数関数的に増加する。また大腿骨頸部骨折は非常に長い入院期間を要するため、大きな経済的コストがかかるため、疫学はこうした骨折の発生を減らしていく上で、人の努力で変えられる要因とそうでない要因を区別するのに重要な役割を担っている。
SARS
公衆衛生の力が、アジアだけではなく、カナダのような高所得国でも衰えていることを白日のもとに曝すことにもなった。SARSは健康に及ぼす影響よりもはるかに大きな経済的・社会的影響を引き起こした。
学習課題
表1.1は、コレラによる死亡数が2つの地域間で40倍以上も異なることを示しています。このことから、この2つの地域間ではコレラの発症リスクが40倍異なると言えると思いますか?
水道会社 | 1851年の人口 | コレラによる死亡数 | コレラ死亡率 (人口1000人対) |
---|---|---|---|
サウスワーク社 | 167,654 | 844 | 5.0 |
ランベス社 | 19,133 | 18 | 0.9 |
サウスワーク社が上水を供給している地域の人口は167,654人で、ランベス社は19,133人となっており、2つの地域において母数が異なる。従って死亡数のみを単純比較して40倍異なるとは言えない。
水道水の供給源とコレラ発症との因果関係を検討するためには、さらにどのようなことを行う必要があったと思いますか?
特に飲水の方法や頻度に関する回顧的コホート研究 retrospective cohort studiesを行う必要があったと考える。先行の研究では、その地域でコレラによる死亡数には違いが見られることが明らかとなるが、死亡した者が水道水を利用していたのか、またどのように利用していたのかが明確とはならないため。
図1.2に示される調査はなぜ医師のみを対象として行われたと思いますか?
喫煙と死亡との関連性を調査する上で、”医師”という職業については関連がないと考えられたこと、また長期の研究を行う上でより協力を得やすく、アンケート回収についても高い回収率が期待されたため。
図1.2からどのような結論を引き出すことができると思いますか?
喫煙者と非喫煙者を比較した時、概ね生存率が近い所で比較すると、10歳程度異なっていたことから、喫煙の有無が10年程度の生存に関与している可能性が高いと考えられる。
疾患の地理的な分布を解釈するときには、どのようなことに気をつける必要があると思いますか?
疾患の特性から、気候などの環境要因を受けていないか、集団の特性は比較できる特性となっているかに気をつける必要があると考える。
図1.7に示された期間の間に、デンマークのリウマチ熱の報告数にはどのような変化が生じていますか?そして、その変化の理由は何だと思いますか?
1900年から急激に下降している。デンマークは1900年頃から現在に至る福祉国家の基盤が造られ、そのためリウマチ熱やリウマチ性心疾患と深い関わりがあるとされる、貧しい居住環境や過密居住などの環境が改善されたためだと考えた。
アスベスト暴露と喫煙が肺がん発症に及ぼす影響(リスク)について表1.2からどのようなことがわかりますか?
アスベストへの暴露 | 喫煙歴 | 肺がん死亡率 (10万人対) |
---|---|---|
無し | 無し | 11 |
有り | 無し | 58 |
無し | 有り | 123 |
有り | 有り | 602 |
喫煙歴が最も肺がんによる死亡に関与しており、次いでアスベストになるが、これらの二つの要因の暴露を受けたとき、相乗効果により、より高い死亡との関連がわかる。
考察・結論
疾病は様々な要因が複雑に関連していることを考慮する必要がある。また数値上の結果から単純に答えを導き出すのではなく、その背景についても考慮する必要がある。直接的な原因が分からなくても、疾病の発生状況から、疫学的調査を行い、要因と疾病の関連性を明らかにし、その予防策についても示すことができる学問であることを勉強させられた。
参考文献など
- cholera: 腸管が毒素産生性細菌であるコレラ菌(Vibrio cholerae)のO1またはO139血清群に感染して引き起こされる急性下痢症 ↩︎
- Snow J. On the mode of communication of cholera. London, Churchill,1855.(Reprinted in: Snow on Cholera: a reprint of two papers. New York, Hafner Publishing Company, 1965) ↩︎
- Last JM. A dictionary of epidemiology, 4th ed. Oxford, Oxford University Press, 2001 ↩︎
- Beaglehole R, Bonita R. Public health at the crossroads: achievements and prospects. Cambridge. Cambridge University Press, 2004. ↩︎
- Doll R, Peto R, Boreham J, Sutherland I. Mortality in relation to smoking: 50 years’ observations on British doctors. BMJ 2004;328:1519-28. ↩︎
- 中村好一, 基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版第2刷, p2 下段 ↩︎
- Moore ZS, Seward JF, Lane M. Smallpox. Lancet 2006;367:99-100 ↩︎
- Taranta A, Markowitz M. Rheumatic fever: a guide to its recognition, prevention and cure, 2ned ed. Lancaster, Kluwer Academic Publishers, 1989 ↩︎
- Hammond EC, Selikoff IJ, Seidman H. Asbestos exposure, cigarette smoking and death rates. Ann N y Acad Sci 1979;330:473-90. ↩︎
- Snow J. On the mode of communication of cholera. London, Churchill,1855.(Reprinted in: Snow on Cholera: a reprint of two papers. New York, Hafner Publishing Company, 1965) ↩︎
- Doll R, Peto R, Boreham J, Sutherland I. Mortality in relation to smoking: 50 years’ observations on British doctors. BMJ 2004;328:1519-28. ↩︎
- Taranta A, Markowitz M. Rheumatic fever: a guide to its recognition, prevention and cure, 2ned ed. Lancaster, Kluwer Academic Publishers, 1989 ↩︎
- Hammond EC, Selikoff IJ, Seidman H. Asbestos exposure, cigarette smoking and death rates. Ann N y Acad Sci 1979;330:473-90. ↩︎